極真空手。

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夕方から2時間、酸素カプセルへ。

いつも行く場所のカプセル内は、必要に応じてクーラーも付けられる。

沢山、本を読めた。

現在 読んでいた本も佳境へ。

実話とその激しさから熱くなり、テンションマックスだった。

立川道場のR君、帯止め見付かりました。(来週以降またいつでもどうぞ)

立川道場からはR君、東大和へは1年前から通ってくれています。

塾や、立川道場での稽古も連日こなしながら来てくれていますが、今では東大和の生徒達とも仲良しです。

賢い生徒ですが、この1年間、色々な部分で凄く成長したなと自分も感じています。

彼は自分の大先輩にあたる根本支部長の生徒さんです。

根本支部長は、自分がまだ十代の頃に当時、同じ道場の黒帯の先輩にあたり、可愛がって頂いた記憶があります。

忘れ物をした自分にサポーターを貸して頂いた記憶もあります。

懐かしいなと思います。

今でも各試合会場で御会いすると色々な話をして下さいます。

『お前は俺の最後の後輩なんだから、支部長ではなく、先輩と呼べよ』と話して下さいます。

昔は先輩と呼んでいたので、現在もそうさせて頂いています。

凄く生徒想いな熱い先輩です。

自分が昔、在籍した城西中野支部は当時「極真虎の穴」と言われていた凄い道場で誰もが簡単に近付けないような空気があった道場でした。(地下の階段を降りていくのが毎回、本当に恐くて緊張した)

そこで極真空手の歴史の中でも史上最強と言われた伝説の師範と出会いました。

自分が黒帯になった後は連日、一緒に稽古をさせて頂きました。(マンツーマンは当たり前でしたが今、思うと当時に戻りたくなるような貴重な財産でもあります)

38歳から極真の過去の栄光を全て捨てて、一から新たなスタートとして、プロのK-1のリングに上がられた師範でした。(全日本王者でもあり、世界大会でも活躍された師範です)

K-1に参戦する試合直前も、稽古をさせて頂き、近くで色々な事を感じさせて頂きました。

40歳になられる当時の師範の身体能力も半端でなかったです。(現役当時はオリンピックのアスリート達の記録と並ぶような、もしくはそれを上回る各種目の記録を極真のトップ選手達は当たり前に叩き出していたそうです)

既に極真の試合を離れられていましたが、近くで観ていた自分は今、極真の全日本大会の試合に出ても、確実にトップクラスの実力があり、今も明らかに勝てるだろうなと感じていましたし、師範を崇拝していましたし実際に半端でなかったです。

厳しい師範ではありましたが、時に無邪気で優しく色々な話をして下さり、空手は言葉に出来ない程に本当に凄かったです。

根本先生と御会いすると、その師範の話をする事もあります。

色々ありましたが極真空手の出会いは本当に素晴らしいなと思います。

色々 御連絡頂いております皆様方、いつも有難うございます。

生徒達に極真空手の素晴らしさを伝えていけたらと考えています。