極真空手 東大和道場 木曜日一日。【少年部クラス】【一般部クラス】【極真空手の黒帯】【我が師との思い出】

予想以上に、今年夏のカブトム達が大量に幼虫を産んでいて…(軽く40匹以上はいたかと…)

めっちゃ大量にいたから、明日、新しい土に移そうかと考えていた。

彼らが眺めていたのは、10月を過ぎてまだ元気に生きている【ノコギリクワガタの雄】

カブトムの成虫達は、命を全うして全滅したかと思うけど、つい先日まではまだ雄雌ともに生きていた。

16:30〜18:50 少年部クラスを指導。

秋の各大会に向けて、補強、スパーリング、組手稽古、練習試合を挟み、最後はディフェンス稽古を中心に。

【極真空手でのスパーリングや、組手稽古で初めて知る経験が、皆の肥やしとなり経験となり、様々な部分で後々の皆の自信となっていく】

【極真空手をする上で、乗り越えないといけない経験】

それらの話をしながら。

心身ともに強くさせてあげる事。

稽古後に。

厳しい稽古を終えて、清々しい凄く良い表情だ。

女の子達の頑張りって、深い部分で本当に凄くて、本当に応援したくなる。

子供達だから日により、気分の波は必ずある。

そこは男女共に同じ。

20:00〜21:30 山田指導員の一般部クラス。

中城さんが稽古に参加していた。

茶色帯、黒帯になると、何歳になっても柔軟性を身に付けていなくてはならない。

体が硬くて出来ないではなくて、これは続けていたら誰しもが必ず体は柔らかくなる。

努力の積み重ねによりそうなる。

山田先生も中城さんも、当たり前に開脚は出来る。

元々、柔らかい訳ではなくて、ただ継続しているからに過ぎない。

自分自身も柔軟は、180°開脚は当たり前に出来るが、やはり毎日続けていなければ、直ぐに硬くなってしまうはずで。

空手の稽古は継続でしか、何事も何も成り立たない。

稽古に関しては継続していなければ【昔、少し空手をしていた人】というだけになってしまいかねない。

【茶色帯で空手を辞めると、極真空手を少しかじった人、黒帯になるとようやく、そこからが始まりとなり…いわゆる本当のスタート地点となる】

空手を知らない人達に、空手をしている事を知られれば…

【極真空手ですか?へー、いま何段ですか?】という聞き方を実際にされる。

【初段なんだ?…あぁ…】という反応をされて、初段って、初歩的な段階の物ですよね…というニュアンスの返事が本当に返ってくる。

これは本当にある話で。

【極真空手の黒帯の10段です!】とでも言わないと、知らない人達は多分、一人前だなと納得はしてくれないぐらいの感覚なんだと感じる事が、自分自身の過去にも実際に何度もあった。

せめて…というか、当たり前に黒帯にならないと【極真空手をしています】とは、本当に語れない。

ただ本気で、極真空手を好きで、遮二無二に稽古を継続していると、気付いたら黒帯にはなれる。

自分自身は遥か昔、黒澤先生に黒帯を頂いた。

当時の黒澤道場で、黒帯を取得するには【極真のファイティングマシーン】と称された伝説の空手家【黒澤浩樹先生】との厳しい組手稽古を繰り返して、先生に倒される事を何度も何度も、年間を通じて繰り返し…それを当たり前に耐え続けて…初めて、黒澤先生から本当に認めて頂いた者にしか、黒帯は手渡されなかった。

黒澤先生から黒帯を手渡される時には、先生が使用していた物と同じ【ウイニングの白いパンチンググローブ】を、その年の忘年会の時に、新しい黒帯と一緒に年間努力賞を兼ねてプレゼントに頂いた。

その後、本当にボロボロになるまで使い古したパンチンググローブでもあったが、20年以上経った今も、三茶の事務所に置きっぱなしにしてあったかと思うが、ボロボロになり、既に使用出来なくなっても捨てられなかった。(永吉美優さんが、中学生を無敗で戦い抜き、国際大会を3連覇優勝を成し遂げた時には、彼女に同じパンチンググローブをプレゼントしたのだが、彼女はいまだに、その【ウイニングの白いパンチンググローブ】を大切に持っていてくれている)

話が逸れたが…

強くなりたい、空手を好きだと一生懸命に継続していたら、気付いたら黒帯にはなれる。

ただ、ひたすら諦めない事、空手を好きでいる事。

山田先生の熱血指導の下、全開の気合いで稽古に取り組んでいた中城さん。

今後、更に強くなる事は間違いない。

中城さんのモチベーションも、限り無く高い。

2019/10/17