思い出深い、ある男との一戦について書きます。
自分が30歳の頃の試合です。
当時、24歳の若手の有望選手として期待されていた、原田聡一郎選手と、千葉県大会の決勝戦で戦いました。
千葉県大会と言えば、松井派極真会館では、格式のある大会で、全関東大会と並ぶような価値のある大会です。
45人出場した その大会のトーナメントには、ほとんどの選手達が全日本大会経験者というメンバーでした。
自分も決勝戦までに5試合を戦い、戦った選手達全員が全日本選手でしたが、真冬の千葉県での貴重な思い出の試合です。
自分も必死でした。
決勝の結果は、完敗の一言に尽きる内容でした。
前年の全日本大会で華々しい強さでベスト16まで勝ち上がり、新人賞を受賞した原田聡一郎選手を事前にかなり意識してマークしていました。
現在、騒がれている若手の強豪に自分が勝てるのだろうか。
準決勝戦で、今年のウエイト制でも戦った山本哲平選手と戦いましたが当時、二度目の試合を征して自分が決勝戦に駒を進めました。
決勝戦の舞台に上がる際に反対側の原田選手に目をやると、異様なオーラを放っていました。
ああ、強いな、と伝わってきました。
太鼓と同時に奇声を浴びせて自分から襲いかかりました。
ガンガン打ち合いながらも、【強い】と肌で感じました。
攻撃力が半端でなく、過去に戦ってきたロシア選手達に匹敵する物でした。
焦りながらも互角に打ち合いました。
中盤、1分30秒過ぎくらいだったと思いますが、接近戦で自分は無意識に気を抜いてパンチを出してしまった瞬間があったんです。
…その瞬間に、左のカウンターとなる針の穴を通すような下突きをまともに貰いました。
拳、一個分くらい、みぞおちにめり込む感触を感じました。
…やってしまった、と思いながらも離れ際、普通の表情で構えて堪えました。
回復するまで何とか誤魔化すつもりでいたので、原田選手自身も一瞬、気付いていない雰囲気でした。
あちらのセコンドの『効いたぞ!いけ!いけ!』 という声と共に、原田選手が襲いかかって来ました。
これでもかと、ボディに強烈な膝蹴りと突きの連打を浴びました。
ガードの上から軽く触られただけでも悶絶しそうなくらいに効いていました。
しかし諦めたり、倒れる気持ちは毛頭ありませんでした。
次の瞬間、上段膝蹴りで顎を真下からカチあげられました。
一瞬意識が飛び、足に来てよろめき、痛恨の技ありを宣告されました。
踏みとどまり まだまだ諦めてたまるか、と思いながらも試合再開しました。
上段膝蹴りで、技ありを奪われたので必死に自分から襲いかかりました。
打ち合いの中で、もう一発か二発、頬や顎をカチあげられましたが、脳は揺れなかったので必死に打ち返しました。
最後の1秒、主審が完全に割って入るまで諦めませんでした。
判定結果は完敗です。
気持ち的には清々しく、【スゲー選手だな、戦えて良かった】と心底思えました。
ガッチリ握手をして抱き合った記憶があります。
素晴らしい選手だなと思いました。
その後も6月のウエイト制大会で会った時には、親友に再開したような喜びがあり、挨拶を交わしました。
彼は実家の家業を継ぐ為に、その年の全日本ウエイト制大会を最後に選手を引退しました。
続けていたら、今頃どんなに凄い選手になっていたか分からないですね。
一番強い時期の彼と戦えたのが自分の宝です。
出来る事なら再戦したいです。
ミスがない展開で また試合を楽しんでみたい。
原田選手の準決勝戦の相手は強豪の久芳大助選手でした。
原田選手と、延長戦を戦っていた選手なので強いのは知っていました。
久芳選手は、関東大会重量級を、二度優勝している選手です。
彼とも昨年の茨城県大会の決勝戦で戦いました。
自分が無事に勝てましたが、試合後に久芳選手と、当時の千葉県大会の思い出話をしました。
原田選手の膝蹴りで奥歯が半分くらい、かけてしまい、翌日歯医者に行ったのを覚えています。(笑)
後にも先にも あんなにやられた試合はなかったです。
タリエル選手や、ダルメン選手にも あんなにやられなかったですから。
そんな経験が出来る極真空手の勝負の場がやはり最高です。
そんな極真空手をやれている事を、幸せに思わないといけないんです。